今、このページを読んでいる貴方は、大腸がん検診で陽性になって、非常に不安になっているかもしれません。痔の出血がたまたま混じったのだろうと思っているかもしれません。ひょとしたら、パニックに陥っているかもしれません。あるいは、自信満々で検診を受けたのに、「こんなのうそだ」と怒っているかもしれません。また、ご家族や友人の結果をみて、その方を心配されているかもしれません。
まあまあ、冷静に表を見てください。便潜血が陽性でも、95%は大腸がんはないのです。しかも、受けた人の約7-10%も陽性が出る、精度の低い検査です。
便潜血反応は、抗原、抗体反応を利用したスクリーニング法で別名ヒトヘモグロビン法といいます。ヒトとあるように人間の血が便に混じっているかどうかを調べます。ですから、肛門からの出血や痔などでも陽性になります。逆に、胃や十二指腸の少量の出血は、消化され人間の血液の抗原性が失われますので反応しません。こういった機序から、消化液などの影響の少ない大腸の出血の有無を測定する事を利用し、大腸がんのスクリーニング検査として使われます。多くの大腸がんは出血しやすく、便などの刺激で少量の血を流し続け、その血は胃液や膵液で消化を受けず、人間の血の抗原性を保っているからです。少量なので、目には見えません。だから、便に潜む血を測る検査なので、便潜血反応なのです。
それ故、この検査で、大腸に病変があるか、ないかは、確実にはわかりません。実際、出血しない様な大腸がんも存在しますし、がんがあっても、直腸がんや盲腸のがんの場合、病変が便の通り道にない場合、陰性になることもあります。逆に、先述したように、肛門の傷や腸のちょっとした炎症でも陽性になります。大体早期癌の半分、進行癌でも1-2割は便潜血では陽性ならないと言われており、約三分の一程度の大腸癌は陽性にならないと言われています。
検診の目的はふるいわけです。確率の高いグループと低いグループにわけるのです。
上の表は平成30年度の名古屋市の対策型検診の大腸がん検診の結果です。約14万人が大腸がん検診を受けて381人の大腸がんが発見されています。
これは、全体の受診数からすると、0.28%(がん発見率)にあたり、検診をきっかけに受診者の約1000人に3人の大腸がんが発見されたこととなります。でも、本当は検診の受診者の何人が大腸がんを持っていたでしょうか?
ここで、大腸がんを持っている人の半分が、大腸がん検診で陰性になったり、陽性になったけど二次検診を受けなかったために発見されなかったと仮定します。すると1000人に6人くらいの大腸がんがある計算となります。これはあくまで仮定ですが、その場合、1000回の大腸内視鏡をやって、6人の大腸がんが見つかるということとなりますが、違う表現をすると、全部で6人の大腸がんを見逃し無く発見しようとすると、1000人全員、1000回の大腸内視鏡をしなければなりません。これはとても効率が悪いし、お金もかかります。胃がんの精密検査である胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)は多くの施設でされていますが、大腸内視鏡や大腸の造影検査はそれに比べると、施行出来る施設は大変少ないですし、胃カメラと違い、前処置など非常に大変です。ここで注目するのは、検診の陽性者は全体の10%程度であり、仮に1/3の大腸がんが見逃されていたとしても、10%に2/3の大腸癌をもっている人が入るということです。全体を100ml(全人数)の水に例えて、30mlのお醤油(大腸癌)があるとして例えると、水を90mlと10mlに分け、90mlに10mlのお醤油を入れ、10mlのお水に20mlのお醤油を入れると、どちらかどれくらい濃いでしょうということです。この場合、便潜血陽性者を全体で見ると、10-20倍程度、陰性者より大腸がんをもっている計算となります。大腸がん検診で陽性の方も、その日は便が硬くて肛門が切れたような気がするとか、2日のうち1日だけ陽性だから良いような気がするとか、色々な理由で、1/3の陽性者は二次検診を受けていません。一般的に使われる陽性反応的中率という言葉は、このような方も分母に含んでいますので、陽性者の二次検診受診者の割合少ない場合には、実は低く見積もられれています。平成30年度に実際2次検診を受けた人を分母にすると、下の表のようになります。4.6%です。5%を超える年もあります。しかし、二次検診は、全てが精度の高い全大腸内視鏡検査で行われる訳ではありません。大腸のバリウム造影、CTを用いたバーチャルコロノスコピー、S場結腸までの内視鏡検査など、二次検診を受けた方にも、大腸癌が見逃されている可能性はかなりあります。つまり、実数として、便潜血による検診で、100回二次検査をしたら5人くらいの大腸がんが発見できるまでに対象が濃縮されており、さらに、全例、二次検診で全大腸内視鏡検査をすると、その数値は増えると考えると、ほぼ想定の通りの数値となります。
検診は無症状のうちに発見するのが目的であり、陽性といわれた人の中にさえ、癌でない人のほうが圧倒的に多いのです。これは、胃がんや肺がんの検診でも同じです。
しかし、便潜血反応陽性の人は、陰性の人に比べれば、癌の確率が10倍も高いのです。また、ポリープなどの前がん病変の頻度も高いといわれています(陰性の人は詳しい検査しませんから、がんのように後から症状が出る病気以外、陰性の中にどれだけの頻度で病変があるかはわからないですが)。ポリープは多くが腺腫であり、前がん病変と考えられています。便潜血が陽性の方は30-50%位腺腫があります。つまりこれを取ることで、将来の大腸がんを未然に防ぐ事が出来ます。
大腸がんは、早期であれば、癌の中でも比較的悪性度の低い癌ですから、癌が存在するのなら、転移をする前に、できるだけ早く治療することが大事です。大腸がんは、進行がんですら、リンパ節転移や肝転移がなければ、8-9割の確率で治るがんです。Stage0の粘膜癌(ごく早期)であれば、治療すれば、ほぼ100%命を取られることはありません。
検診は無症状のうちに発見するのが目的であり、無症状ならば、助かる可能性も高いのです。それでも、多くの方が亡くなっているのは、多くの方が検診すら受けていない事が大きな要因です。
大腸がんは令和2年は、癌死の中で、肺がんに継いで第2位にランクされ、2002年(平成14年)よりずっと、女性では一番死亡の多い癌(意外かもしれませんが、乳がんや子宮がんではないのです)であり、2020年(令和2年)では大腸がんで全国で51788人(男性27718人、女性24070人)の患者さんがなくなりました。癌の悪性度がさほど高くないのにこれほど死亡が多いのは、進行してから発見される大腸がんがいかに多いかということです。無症状なのに検査などしたくないものです。しかし、一般的に無症状くらいでなければ、癌から命は救えないのです。
大腸がん検診陰性(便潜血反応陰性)の人にも癌はあります。陽性というのは、詳しい検査をするためのいいきっかけだと思ってください。便潜血陽性であれば、大腸がんの詳細な検査(大腸内視鏡やバリウムを用いた大腸透視)などはすべて保険適用になります。便潜血を用いた大腸がん検診は非常に安価で、通常の10倍もの確率の高い群を選択できるのがです。見落とされる大腸がんが1/3程度(進行がんの見落としは1/5から1/10程度、早期がんは約1/2)あるのは問題で、陰性だから安心できるという検査でもありませんが、費用対効果、人的な労力等の医療資源から考えると、これに変わる検診方法は今のところはないと考えています。
令和4年4月10日 加藤徹哉
これも以前の黒川醫院時代に作った物を作り直したものです。ベースは10年以上の前の文章ですが、今でもあまりこういった知識が浸透しているとは思えません。自分に才能があるとすると、基礎のデーターから判りやすい言葉に変えて、自分自身を納得させるためにどうすれば良いのか、考える筋道を比較的うまく作ることが出来ることです。